4回生ラストブログ vol.18 岡謙介
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1.自己紹介
皆さんこんにちは。入学時は85キロ、現在は65キロと4年間で20キロのダイエットに成功した男、岡謙介です。「岡また痩せた?」と聞かれ、ちゃんとご飯を食べているか心配される毎日です。(毎日3食食べています)本ブログでは1年生の時の写真もありますので、スリムな僕の姿しか見たことのない方は、ぜひ自慢だった太もも周りにご注目してみてください。そんな僕が今日語るのはダイエットの方法ではなく、4年間の思いを語らせていただきます。おなか一杯になりすぎるほどたくさんの思い出が詰まっているため、長々と書かせていただきました。最後まで読んでいただければ幸いです。

2.大学生活を一言で表すと
「巡り合い」
高校3年生になる前、僕は結果が出ず、大学で野球をするつもりは全くありませんでした。しかし、3年生となって少しずつ結果が出始め、「まだ野球をしたい」「もっといい投手になりたい」と思い、同志社で野球をすることを決めました。
この4年間を通して数多くの経験をしたり、多くの人と出会うことができました。もし高校生の時、野球を続ける選択をしていなければ、ここでの経験も出会ってきた仲間との思い出もない大学生活になっていました。4年間個性が溢れかえっている同期とともに野球ができたのは一つの巡り合わせによるもので、本当に奇跡のようなことだと感じています。
また、大学3年生から学生コーチをさせていただきましたが、これも巡り合わせだと思っています。3年生の春、竹川監督から「学生コーチにならないか」と提案を受けました。この話がなければ学生コーチになっていなかったでしょうし、学生コーチになれたことで選手とは違ったチームへの貢献の仕方をすることができ、より野球を楽しむことができました。この時学生コーチになる選択をして本当に良かったと思っています。
それぞれの節目での小さな決断が、かけがえのない4年間を作ってくれました。小さな決断の先で巡り合ってくれた同期の仲間や4年間の大学野球生活に関わってくださったすべての方に感謝の気持ちでいっぱいです。

3.同志社大学硬式野球部での4年間を振り返って
この4年間で僕は濃すぎるほど多くの経験をさせてもらいました。ありがたいことに1年生の春からリーグ戦のマウンドに立たせていただいて、大学で投手としてやっていけるという自信をつけることができました。しかし、その後なかなか結果を出せず、今となっては恥ずかしい話ですが、1年生の冬から1年間近く腐ってしまいました。大好きだったピッチングができないどころかキャッチボールすらままならないほどになり、これまで生きがいだった野球が嫌いになったこともありました。それでも野球を続けられたのは、腐りきっていた僕を見限ることなく、今までと同じように接してくれた同期がいたからです。同期のおかげでグランドに来ることができたし、次第に自分のためではなく、支えてくれた人たちのために頑張りたいと思い、再び練習に熱意をもって取り組むようになりました。2年生の秋には、本当にありがたいことに再びリーグ戦に出させていただきました。久しぶりのマウンドから聞いた「岡、頑張れ!」という声援に心が震えたし、これだけの人たちに支えられてたんだと実感することができました。
こうして思いが変化し始めたころ、竹川監督から提案をいただき、学生コーチに転向しました。野球の神様から、ここまで散々周りの人に助けてもらったから、今度は誰かを助けろと言われているかのように感じました。学生コーチになってから、選手をしていた時より大変だなと感じることは一度や二度どころではなく、何十回も何百回もありました。それでも自主練をともにした選手が試合で活躍したら自分のことのように嬉しかったし、未熟者の僕の意見を真摯に受け止めてくれて、選手のみんなが学生コーチとしてのやりがいを与えてくれました。
一時は嫌いになった野球ですが、学生コーチを通して楽しさを再び感じることができました。今の僕にとって野球はかけがえのないものであり、生涯において最も大好きなスポーツです。

4.後輩へ
学生コーチになったことで、全学年の後輩たちと関わることができました。耳が痛くなるようなことをたくさん言ったので、「岡、鬱陶しいなあ」と思っていたかもしれません。それでも、みんな素直で真剣に向き合ってくれたからこそ、学生コーチとして野球生活を全うすることができました。本当にありがとう。
投手陣
個性豊かで、時に自由奔放すぎて収集がつかないみんなに対して、いつの間に自分が幼稚園の先生になったのかと錯覚する毎日でした。それでも前向きにピッチングに向き合うみんなと接することで僕自身が救われたことは少なくありません。一度腐ってしまったことがある僕は、うまくいかないときも一生懸命ブルペンに入る後輩たちを見て、心から尊敬していました。大したことは何もできなかったけど、みんなのコーチになれて幸せでした。一人一人に誰にも負けない強みがあります。みんなそれぞれが大きくなって、最強の投手陣を作ってください。
学生コーチの健伸、皓大。1年生から学生コーチという前例がない立場となって、これから先悩むことも多くなると思う。それでも支えるという形でチームの勝利に貢献できることは学生コーチじゃないと感じることができないから、自分の精一杯の知識・思いを選手に伝え続けてください。
そして福島。学生コーチの4年生4人が一気に引退して、忙しさもチームのことを考える量も増えてしまうと思う。でも一方で、福島なら何とかなるかっていう気もしています。うまく同期を頼って、うまいこと息抜きをしつつ、スタッフ陣とチームを引っ張っていってください。福島が同志社を勝たせたといえるように頑張って!
最後になったけど、大喜。高校の時から約6年間の長い付き合いになって、そのころからずっとタメ口だった大喜はもはや先輩と思っていないと思うけど、僕にとっては本当にいい後輩でした。自主練で2時間キャッチボールしたり、しょうもないことばかり言うような先輩だったけど、ずっと笑って付き合ってくれてありがとう。この先、大喜が盈進の魂をリーグ戦のマウンドで発揮して、バッターをねじ伏せていく姿を楽しみにしています。引退後こそは、しっかりと先輩らしくさせてもらうけえ、ちゃんと敬語使うように。
5.同期・仲間へ
これまでのみんなのブログで散々言われているけど、この代は本当に個性が強すぎる代だと思います。そのおかげでこの4年間が実りのあるものになりました。そんな個性の塊のような代を廉尊は本当にまとめてくれたと思います。新チームになってから廉尊はいろいろ悩みながらもチームの先頭に立ってくれました。そんな姿を見てきたからこそ、僕を含めた学生コーチも今選手として頑張っている同期のみんなも、山岸組としてリーグ戦で勝ちたいという思いで頑張れていると思います。
マネージャー、トレーナー、アナリストの上さん。マネージャー、トレーナーのみんなは僕たちが見えるところ、見えないところでチームを支えてくれました。学生コーになってからみんなの頑張っている姿をより一層知ることができました。特にやまこうは毎日朝から晩までチームのための仕事をずっとしてくれていました。本当に感謝します。
上さん。今まで前例がなかったアナリストという役職でチームを支えてくれてありがとう。キャンプのコテージで夜更かししたのもいい思い出です。社会人になってもカープ見に行ったり、マダミスとかHit&Blowやろう。
投手陣のさとや、しんちゃん、中澤。現役で残った4回生の投手が少ない中、投手陣を引っ張ってくれてありがとう。さとやは怪我があったり、しんちゃんも結果がなかなか出なかったり、中澤も年明けから合流したりして順風満帆な選手生活が送れたわけではなかったかもしれないけど、3人が本気でラストシーズンで活躍することを目指して頑張っている姿に、同期の投手として誇りに思います。最後のリーグ戦でも投手一丸となって勝とう!(中澤はまた投手会の幹事お願いします)
あと、元投手の悠斗と陸斗。結果出なくてCチームにいるとき、一緒にいたのが悠斗と陸斗でした。イップスみたいになって暴投だらけだったときも二人は嫌な顔せず喜んでキャッチボールをしてくれました。それが当時の僕にとっては本当に救いでした。ありがとう。かつてCチーム同盟を結んでいた二人のリーグ戦用ユニフォーム姿が見れて本当に嬉しかったです。ラストシーズンも元投手の力を見せつけてくれ!
今の現役組ではないけど、仁楽と瑠道。今まで出会った人の中でも極めて変子だったけど、試合中に独特の声掛けをし合ったことやプライベートで昼寝防止隊をしたり、夜遅くまで桃鉄をしたことはいい思い出です。本当にネジが外れているんじゃないかと思うこともあったけど、落ち込みがちな僕に対して何の躊躇もなく突っ込んでくる二人に心が楽になりました。ありがとう。次に桃鉄することがあれば牛歩カードは少なめでお願いします。
そして、学生コーチのえいじ、慶太郎、福ちゃん。
えいじは、学生コーチの中でも誰よりもチームのことを考えていて、やっぱりチーフは格が違うなと思わされてばかりでした。えいじはしっかり真面目な印象があるけど、実はおふざけキャラなのも知っているので、ラストシーズンをやり切ったら肩の荷を下ろして飲み明かしましょう。
慶太郎は、体育会本部長でありながら、グランドでは全選手の活躍を願い、一人一人と丁寧に向き合う姿に尊敬しています。野球以外でもゼミで一緒だったり、映画を一緒に見に行ったりしてくれてありがとう。またやまびこ行きましょう。
福ちゃんは1年生のB戦から学生コーチをするまでほぼ一緒で、同期の中で1番一緒にいたのが福ちゃんだと思っています。頑固で融通の利かない僕を受け入れ、しんどい中でも一緒に学生コーチをしてくれたこと、本当に感謝しています。福ちゃんがいなかったら、こんなに学生コーチを楽しむことはできませんでした。ありがとう。最後まで自由気ままな投手陣の背中を押し続けよう!
この代は学生コーチ4人という異例の代だったけど、この4人がいたからどれだけしんどくても乗り越えることができました。人を活躍させるための努力ができるみんなが、今度は社会人になってみんな自身がそれぞれの形で活躍している姿を見たいです!
引退が近づいている今、僕は本当に運が良かったなと感じています。ここに書かせていただいた人、書ききれなかったけど4年間でともに過ごした仲間。そのみんなに大学生という濃密な時期に出会えて本当に良かったです。同期のみんながいたから、最後の野球生活をこれだけ楽しいものにすることができました。巡り合ってくれて本当にありがとう!

6.家族や支えてくださった方々へ
小学3年生から約14年。野球をさせてくれてありがとう。父さんと母さんからはこれをやれと言われたことはなく、野球をしたいという僕の思いを汲んで、何不自由なく野球をさせてくれました。
父さんは高校選びの時から学生コーチになるまで何も言うことなくやりたいようにやらせてくれました。野球の相談も日々の悩みも聞いてくれてありがとう。身長は小6で抜かしたけど、大人になりつつある今でも父さんの背中は大きく感じます。これからも年1は必ずキャッチボールしてください。
母さんは誰よりも応援してくれたし、心の安らぎを与えてくれました。予定より早い選手引退に少し寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。それでも学生コーチとしての僕も応援してくれてありがとう。あと、帰省した時の母さんのご飯はやっぱり最高です。実家を離れていた分食べられなかった母さんのご飯をこれからたくさん食べさせてください。
この14年間、僕はほとんど親孝行をすることができませんでした。15歳で実家を離れ、結果が出なければメンタルブレイクするという心配するなという方が難しいほど迷惑をかける息子でした。数えきれないほど怒られもしたし、「とんでもなく怖いなこの両親」と思うこともしばしばありました。でも、怒られた分だけ愛を感じたし、何より野球に熱中している僕を誰よりも好きでいてくれました。たくさん挫折も経験したけど、父さんと母さんのおかげで満足のいく野球人生を過ごせました。後悔などあろうはずがありません。本当にありがとう。
ここまでさせてくれた野球を最後までやり切って、その野球を通じて立派な大人になって、自慢の息子だと思ってもらえるようになります。そしてこれから先、これまで溜まりに溜まっている親孝行を少しずつさせてもらいたいです。
7.ラストシーズンに懸ける思い
4年生になって、今までで一番チームに対する思い入れが強くなりました。自分がどれだけ頑張っても成果として返ってくるわけではないという中で、きついなと感じることもありました。しかし、自分が頑張った分関わった選手たちへの思い入れが強くなり、ともに頑張ってきた同期や後輩たちの活躍に心が震えることが多くなりました。
ラストシーズンはそんなみんなで優勝したいという思いが強くあります。日々選手のみんなもスタッフのみんなも頑張っているから、その頑張りが優勝という形で残すことができたら、これほど最高なことはないでしょう!
僕自身も残りの短い時間の中で、優勝への1つのピースになれるよう頑張りたいと思います。最高の形でリーグ優勝をするために、最後の最後まで全力で頑張ろう!

8.次の人の紹介
次は、神々の国島根が生んだ神速(スピードスター)兼チーム随一のオシャレ番長の大井海音です。グランドで駆け回るときもプライベートで私服をバチバチに決めているときにも醸し出すクールな出で立ちは、まさにスターと呼ぶにふさわしいです。次のブログでは、そんなクールな海音のラストシーズンにかけた熱く燃え上がるような思いが見れること間違いなし!



