4回生ラストブログ vol.13 寺島周汰
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1.自己紹介
ご紹介に預かりました
みなさんこんにちは。温室育ち、ぼっちゃん、育ち良いといじられる、野球部で唯一生涯坊主にしたことがない寺島周汰です。ブログ書きながら熱くなってしまい長文になってしまいました。拙い文章ではありますが、最後までお付き合い下さい!

2.大学生活を一言で表すと
「衝撃」
僕の大学野球人生は、まさに「衝撃」の連続でした。今から僕が受けた衝撃をいくつか紹介します。
大学野球人生初めてのBチームでの練習でなかそーが声をかけてくれて、キャッチボールをすることになり、引くくらい強かった肩。Bチームでもこのレベルなのかと思いました。あと赤山泰斗の守備にも度肝を抜かれました。Aに上がったときはこんちゃんのフリーバッティング、じんの器用さ、まっきーのミート力に驚きました。みんなは驚くかもしれませんが、僕は高校の野球部では1番脚が速かったです。新入生紹介時には自分のアピールポイントは脚だと意気揚々に語っています。バッティングや守備でダメでも脚あるからなんとかなるかとかおもってました。しかし、大学入って短距離走のタイム測っても平均ちょっと上くらいでした。みおんは脚が速すぎます。どうかしてます。そんな衝撃が自分をこのままじゃいけないと思わしてくれて、成長につながったと思います。みんな衝撃を与えてくれてありがとう。

3.同志社大学硬式野球部での4年間を振り返って
僕の大学硬式野球部人生は同期で最も遅い4/2から始まりました。すごく出遅れたと感じました。それでも同期のみんなが話しかけてくれてとても嬉しかったです。正直みんなにビビってました。小学生の頃は週1回2時間の野球教室と、10ヶ月の少年野球、中学は陸上、高校は平日2時間のみの僕には名のある高校から来てるみんなが輝いて見えたし、とても遠い存在に感じていました。特にじんは高校時代から京都で有名人で観客席から優勝も見届けたし、ゆうとのこともテレビで甲子園優勝のインタビューを通して知ったし、そんな人たちと野球ができる環境に戸惑いと同時に感動も覚えました。もし自分のステータス表す五角形があるとするなら、高校の時は全ての部門で大きかったのに、大学に入りそのまま小さくなり、自分の武器がわからなくなったように感じました。流石に実力差は大きく、1回生の7月までB戦にも出場できませんでした。それでも野球が大好きだった僕は自主練もし放題の環境に喜びを感じて、試行錯誤してやっと試合に出れるようになってきました。1年の8月にお試しで、初めてAのスタメンで試合出場した際に、高校時代から見てきた同志社大学リーグ戦メンバーと共にスタメンに名を連ねる同志社国際の寺島に非常に違和感を覚えました。だけど嬉しくて、その時のメンバー表のスクショを今でもお気に入りに入れてます。でもそのまま、成長曲線が順調に右肩上がりに進んだわけではなく、守備で悩んだり、それが解決したと思ったら打撃で悩んだり、高校ではなかった競争でプレッシャーを感じたり、結果が出ず迷走して、野球がやりたくなくなったことも初めて経験しました。そんな時に八多や横江が諦めずに技術指導してくれたり、まっきーが自分の練習時間を削ってまで、付きっきりで僕にアドバイスをくれたり、チームメイトには感謝してもしきれません。ありがとう。3年の春に就活で抜けた時にはもう野球をすることはないかもと思ってたけど、リーグ戦でのみんなの頑張ってる姿をみて、熱くなって、自分の就活時代の生活が情けなくなって、初心に帰って、このまま野球人生を終えたら後悔するんではないかと感じて、戻ることを決心しました。練習がきつくなってることもしってたし、生半可な気持ちではやりきれないこともわかってたけど、それでもみんなでまた野球をしたいと思って帰ってきました。だからみんなのおかげでまたグラウンドに立てています。ありがとう。もし自分が現役でずっとやってたら就活から帰ってきた組を快く受け入れることはできないと思うけど、みんなは笑顔で迎え入れてくれて、本当に優しいなと思いました。正直高校3年生の時に硬式野球部に入るか迷ったし、違う舞台で野球をする選択肢もありました。だけど今となっては素晴らしい先輩・同期・後輩・指導者に出会えて、硬式に入って良かったと思ってるし、この選択が正解だったと心から思えています。この選択を正解にしてくれたみんなに本当に感謝しています。本当にありがとう。

4.後輩へ
僕が後輩に伝えたいのはやりきることが大切ということです。僕たちは朝早くからグラウンドに出て、6時半集合とかで眠い中、野球が上手くなるために、ランニングしたり、トレーニングしたり、投げたり打ったりして。普通の大学生では経験することができない濃い時間を過ごしていると思います。そんな仲間と野球ができる時間を大切にしてほしいと思うし、社会人で野球ができるのは一握りで、ほぼ大学生で野球は辞めないといけません。どうせ長い野球人生に区切りを迎えるなら、やり切って終えて欲しいと思います。ずっと長く野球をやってきたみんながまだ野球を続けてることを尊敬するけど、最後にやり切れないと、社会人になって後悔することになると思うので、野球楽しんで全盛期を最後に迎えられるようにやり切ってください!
かげ。影山が3.4回のミーティングの時に絶対にに優勝できると思ってるんですって言ってくれて熱くてほんまにやる気になったし、おれが不調な時はかげの指導が復調のきっかけとなったし、本当に感謝しかない。かげほど真っ直ぐな人は見たことないし、どんだけ上手くなっても努力を怠らないし、見るたびに上手くなっていくかげを尊敬します。これからもチームを引っ張ってくれ。今度こそ飯行こう。
だいすけ。お前ほどおもしろいやつはおれは見たことない。だいすけに死ぬほど笑わせてもらったし、だいすけのおかげで練習も楽しい雰囲気でできた。でも野球やる時は真面目でストイックでそれも好き。ほんまにありがとう。
みんないいやつばっかりでおれのヒットとかも自分ごとのように喜んでくれるし、よくなったら素直に褒めてくれるし、いつも元気をもらってます。残された時間は僅かしかないけど、これからも一緒に頑張ろう。みんな大好き!
5.同期・仲間へ
たくさんの刺激を与えてくれてありがとう。おかけで野球はもちろん、人間的にも成長できたし、みんなと過ごしたこの4年間は宝物です。みんなとしたランも、計測も、トレーニングも、試合形式で投げ合うフリーバッティングも僕の大切な思い出です。みんなありがとう。
学生コーチのみんなも自分がプレーできない歯痒さはあると思うけど、いつもチームを強くするために試行錯誤してくれてありがとう!岡も福ちゃんもえげつない球をバッピで放ってくれてありがとう!岡よりキレの良い球が来ることがない練習試合では、打つのが楽に感じるようになりました!八多と横江も選手より滞在時間長いし、自主練に永遠付き合ってくれるし、アドバイスをたくさんくれて、自分の調子を上向きにしてくれてありがとう。2人がいてくれたおかげでモチベーションも上がったありがとう。

6.家族や支えてくださった方々へ
まずは監督、コーチ陣の方々。就活で休んでいた僕をまたチームに受け入れてくださりありがとうございました。首脳陣の本気でチームを強くしたい、優勝したいという気持ちが非常に伝わってきて、1聞いたら100返してくれる監督コーチには感謝しかありません。ありがとうございます。松原コーチも毎回バッピありがとうございます。鉄腕すぎて怖いのでたまには断ってください。
母へ
いつもありがとう。
僕が硬式野球部に入るといって不安とか心配とかたくさんあったと思うけど、最後までたくさん応援してくれてありがとう。どれだけ朝早くても出発を見送ってくれてありがとう。自分が結果が出ない時は励まし、結果が出たときは自分よりも喜んでくれて、本当に嬉しかったです。本当にありがとう。
父へ
いつもありがとう。
僕に野球をさせてくれてありがとう。小中学時代とかコロナ禍にノックしたり、勝負したり、野球の楽しさを教えてくれたおかげでここまで野球を好きでいれたし、大学まで野球を続けることができたと思います。本当にありがとう。
2人ともいつも自分の味方でいてくれてありがとう。2人のおかけで今の自分があると思っています。この感謝をリーグ戦出場という形でみせられるかはわからないけど、最後まで挑戦するので、これまでと同じように暖かく見守っててください。これからもよろしくお願いします。
7.ラストシーズンに懸ける思い
優勝しかない!
今僕は人生で1番野球に真摯に向き合ってるし、これでダメだったら仕方ないと思えるくらい、調子も野球人生で1番良いと思っています。野球人生もあと数ヶ月で終わり。悔いの残らないように全力でやり切って、最高の仲間たちと笑顔で引退したいと思います。

8.次の人の紹介
次はしごでき体育会本部長こと横江慶太郎です!彼とは選手時代から高め合い、下級生の頃には1番自主練を共にした大切な仲間です。前監督に右打者なのに左なれと無茶振りされたものの、半年後には左打者としてスタンド上段に放り込むホームランを放つ天才です。今では両打でノックを披露する唯一無二の学生コーチです。最近僕と彼はゴルフのスコアの改善に取り組んでいますが、彼はドライバーのトップ回転に悩まされています。そんなドライバーでも本部でも「トップ」な彼のブログに注目です!



